歴史とは、積み重なった情熱の記憶であり、未来へと手渡されるバトンである。The Legacy――チームの歩みを支えてきた先駆者たちの物語を通じて、Intel Biloba Tokyoが守り続けてきた価値と、その連なりを紐解く連載が今、幕を開ける。終われない男たちの聖域——脳神経科学者が見つめる、ピッチ上の真理と熱源東京都文京区、東京大学本郷キャンパス。かつて、Intel Biloba Tokyo(以下、Biloba)の前身である東大ユナイテッドで副代表としてクラブを支えた竹内春樹は、2022年からこの地で教授を務めている。最先端の「知」の牙城に身を置く彼は、40代を迎えた今、シニアサッカーというもう一つの熱狂の只中にいた。「いつスパイクを脱ぐのか」――全フットボーラーが直面するこの問いに、竹内は自らの背中で答えを示し続ける。研究室の静寂と、汗まみれの週末。二つの世界を越境する彼が見つめる、「生涯現役」の真理とは。司令官なき「創発」の魅惑——神経回路とサッカーの共鳴 竹内の主戦場は、外界からの感覚情報を脳がいかにして処理するかを解き明かす「神経科学」の研究にある。とりわけ、ほぼ無限に存在する匂いの情報が脳内でどう整理され、記憶や情動へと結びついていくのか、そしてそれを支える神経回路のネットワークがいかに組み上がるのか――その探求は、彼の中でサッカーと不思議なほど響き合っているという。「鼻から入った匂いの情報から、いかにして記憶や情動が形成されるのか。そのメカニズムを探求しています。実はこれ、サッカーと似ているところがあるんです」 冗談めかして笑うが、その目は真剣だ。神経細胞は、あらかじめ決まった設計図があるわけでも、どこかから指示を受けて動く仕組みがあるわけでもない。それぞれの細胞が周囲の細胞と関わり合いながら、自律的に繋がりを築いていく。そうした相互作用が積み重なった結果として、はじめて全体として一つの巨大な機能が立ち上がるのだ。 サッカーでも、同じことが起きる。11人がそれぞれの視野と判断で動きながら、互いの関係性の中で役割を生み、補い、更新し続ける。「創発性」。単純な個のスキルの足し算ではなく、連動した動きの積み上げが集束し、チームの意志がひとつの「戦術的な解」として結実する。彼が惹かれるのは、その調和が成立する瞬間だ。「研究の世界では何百、何千という神経細胞を観察します。個々の細胞は独立して動いているようでいて、つながりの中で互いに影響し合いながら、全体としてある機能が生まれる。ピッチ上の選手も同じです。誰がどこで走り、誰がカバーに入り、誰がスペースを埋めるのか。11人が各々の機能を果たすために奔走する様は、まさに脳内の神経回路そのもの。ある瞬間、脳は創発的に機能するし、サッカーでもチームがまるで生き物のように動き出す瞬間がある。その一体感こそがたまらない。チームを活性化させることも、研究室を運営することも、僕の中では同じ『最適化』のプロセスなんです」 静かな熱が、言葉の端々に滲む。無数の要素が絡み合い、秩序が生まれる。その「成立の瞬間」に立ち会うこと。竹内が研究とサッカーの両方に惹かれ続ける理由は、そこにある。 社会人リーグという「生存競争」の記憶 竹内が東大ユナイテッドでピッチに立っていた頃、チームは東京都3部から2部へと駆け上がる上昇気流の中にいた。当時の都リーグは今ほど洗練されていなかったが、剥き出しの闘争心がグラウンドには充満していた。「僕がいた頃は、東大サークル生を中心とした結束力と、他大学体育会上がりの実力派たちが融合し始めた時期でした。2部の上位ともなればJ下部組織や体育会出身者がゴロゴロいる。東大生以外の力も借りなければ、残留すら難しい過酷なカテゴリーでした」 そして彼は、社会人チームの継続を“人数”で捉える。鍵は「20人のアクティブ層」だ。「社会人サッカーは常に“人がいなくなるリスク”と隣り合わせ。交代制限のあるリーグでは、11人の枠に入れない選手たちがいかにモチベーションを保てるかが組織の臨界点になります。ベンチ入りも含めた18人。出席率も考慮すれば、実質的には20数人の『試合に絡める層』をいかに熱狂させておけるか。そこからこぼれ落ちそうな選手を放置すれば、組織は瓦解します。社会人サッカーにおいては、ピッチ上に替えのきかない選手なんて実はいない。でも、チームのアイデンティティを作り上げるマネジメント側だけは替えがきかない。Bilobaが今30人以上の分母を維持し、1部という高みで戦えているのは、SNSリクルーティングを含め、戦略的に新しい血を入れ続ける仕組みを構築した先見の明にあるでしょうね」「資本」と「ロマン」の境界線で 一方、昨今の都リーグに見られる「プロ化」の波について、竹内は冷静な視線を向ける。「資本を投下してJリーグを目指すクラブが増えるのは、日本サッカーの底上げとしては正解かもしれません。でも、アマチュアとして限られたリソースをやりくりし、知恵で勝つという『社会人サッカー本来のゲーム性』が失われつつあることには違和感を覚えます。都リーグの段階から給料を払い、札束で叩き合うような状況は、僕らが愛したアマチュア競技のあるべき姿とは少し違う。それはスポーツというより、単なる『資本力の誇示』ではないか、と」 竹内が懸念するのは、そうした「力技」が、アマチュアスポーツの美徳を根絶やしにしてしまうことだ。「FFP(ファイナンシャル・フェアプレー)のような資金力の偏りを抑える発想がないなかで、一部のチームだけが最短距離でカテゴリーを上げていく。そうなると、何年もかけて地道に組織を積み上げてきたチームは、その圧倒的な効率の前にげんなりしてしまう。カテゴリーに見合わないいびつな戦力が混じることで、対等な条件下での競い合いが失われてしまうのは、非常に寂しいこと」「アマチュアサッカーの醍醐味は『純粋にサッカーが面白い』、ただそれだけのはずなんです。仕事や家庭があって、練習時間も限られる条件の中で、どう知恵を絞り身体を整え、パフォーマンスを維持できるか。そこにこそロマンがあるし、むしろそうした両立を当たり前のようにやってのける選手に対するリスペクト――それこそがアマチュアの価値だと思うんです」シニアサッカー――「脳」で勝負する熱き聖域 30代後半、多くの選手が引退を意識する時期に、竹内は新天地へと足を踏み入れた。シニアサッカー。そこには若者のギラつきとは異なる、しかしそれ以上に濃密な熱が渦巻いていた。「当初は“シニア”という言葉に、いいイメージはありませんでした。でも、一度シニアリーグの試合に出てみると、その先入観はあっさり消えた。毎週末、本当に多くの選手が、真剣にサッカーに取り組んでいる。そこには名声も報酬もなく、あるのは『情熱』と『向上心』だけ。少年の頃からボールを蹴り続け、30年近くサッカーと付き合ってきた猛者ばかり。J下部組織や強豪校、全国大会経験者、プロとして戦っていた者もめずらしくない。一方で、私のように華やかなキャリアがなくても、ただサッカーが好きで、今なお上手くなることを目指す者もいる。多様な経歴のプレーヤーが、同じピッチで本気でボールを追う。40代の大人が家族調整をして週末に試合へ出かけ、全国大会を目指して自腹で遠征もする。そんな“不合理な情熱”が、結果として平日の仕事のパフォーマンスを支えている。『サッカーが好きだ』というただ一点で繋がっているこの単純なコミュニティこそが、現代社会における贅沢な『聖域』なんです」 竹内にとって、シニアサッカーは隠居ではない。むしろ、衰えゆく肉体を「知性」で補完する、エキサイティングな実験場だ。「40代では誰しも、身体的なピークを過ぎている。そういう同じ条件の相手となら、経験と予測――つまり『脳』で勝負できる。脳神経科学者として断言しますが、脳は使い続ければ40歳を過ぎても進化します。『43歳頂点論』(角幡唯介/著、新潮社、2025)なんて本もありますが、サッカーのIQが最も高まるのは、実は“今”なんじゃないかと。衰えは来るもののまだ完全には落ちきっていない身体と、年々深まっていく戦術眼が重なり合う年代。そこにこそ最高の快感がある。『シニア世代のロールモデルみたいな人生を送りたい』、そう思いながら、毎日楽しくトレーニングしています」サッカーが醸す、研究室の熱源 その情熱は、彼が主催する東大の「学内サッカー大会」にも波及している。教授も学生も事務職員も、肩書きをいったん脇に置いて同じピッチに立つ。そこで可視化されるのは、研究もサッカーも、組織を動かす本質は同じであるという事実だ。「サッカーから学んだのは、個人がバラバラに頑張っているだけでは勝てないということです。研究もまったく同じで、結局はチームで連携しないと成果は最大化されない。学内サッカー大会主催の主眼はそこにあります。研究室の学生たちは、サッカーを通じて役割分担や意思疎通を体で覚え、『どうすれば勝てるか』を議論するようになる。閉塞的になりがちな研究室のコミュニケーションが、一気に活性化するんです」「研究もサッカーも、最後は『人』です。どれだけ優れた機材があっても、どれだけ上手い選手がいても、本人たちが『このチームで勝ちたい』と思えなければ結果は出ない。その想いを共有し、互いを動かし合える関係をつくる。チームワークを醸成するうえで、これ以上のツールはないと思っています」未来のOBたちへ――至福は「無駄」の中に「Bilobaの選手たちに伝えたいのは、サッカーは20代で終わりじゃないということ。30歳前後で一度、仕事や肉体の変化で壁がきます。でも、そこで辞めないでほしい。細々とでも蹴り続けていれば、30代後半で最高の『セカンドシーズン』が幕を開ける。そこには、20代の頃には見えなかったサッカーの真理が待ち受けています」「そもそもサッカーって、言ってしまえば“枠に球を入れる遊び”です。のめり込んだことがない人からすれば、なおさらそう見えるでしょう。生きていくうえでの効率や意味だけを考えたら、これほど無駄なことはない。でも、週末の試合でゴールして勝てば、自分の心がはっきり動く。感動して、また情熱的な自分に戻れる。僕はその“無駄”の中にこそ、生きている実感があると思っています」 40歳、50歳になっても仲間と遠征し、試合後に酒を飲み、また次の試合に向けて節制する。「そんな人生、最高じゃないですか。そのとき、またシニアのピッチで会いましょう。僕はまだ、現役で走っていますから」 竹内は今もなお、自身の全盛期を更新し続けている。その生き様は、サッカーというスポーツが人生のあらゆる局面において、「知性」と「情熱」を駆動させる最強のエンジンであることを雄弁に物語っていた。 (了)竹内 春樹(たけうち はるき)さん東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授。 1981年3月生まれ。千葉県松戸市出身。千葉県立東葛飾高校サッカー部を経て、東京大学在学中は学内サークルにてプレー。大学院在学時には社会人サッカークラブ「東大ユナイテッド」の副代表を務めた。現在は「C.A.REAL TOKYO 40」に所属し、シニアサッカーの全国大会などで活躍している。2010年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、2022年9月より現職。専門は嗅覚神経科学。2020年、文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞、ポラス株式会社との共同研究で開発した《SUGINOKA(スギノカ)》が、2019年度ウッドデザイン賞、2020年度グッドデザイン賞を受賞。そのほか、三井不動産、SONY、日本フットゴルフ協会などと多数の共同研究を積極的に実施している。(聞き手・構成:多淵大樹)編集後記―2019年の予言と、2026年の答え合わせ▲ぜひこちらも併せてご一読ください!